東北地方太平洋沖地震レポート

被災地NGO恊働センター

(震災がつなぐボランティアネットワーク メーリングリストより抜粋)

岩手県大槌町からのレポート(3/22)

3月27日、はじめて避難所でまけないぞうづくり(※1)をしました。

※1.まけないぞう とは、阪神淡路大震災の被災地である神戸で始まったもので、地震にまけない!という意味で、タオルで作ったゾウさんのことをいいます。

場所は大槌町の小槌エリアの臼澤鹿子踊保存会館伝承館で行いました。避難者の方は100人前後でしたが、まけないぞうを作られた方は、6名と2人の女の子でした。被災者の方は「被災後ずっと津波のことを考えていたので、ぞうを作ることで忘れることができた」とおっしゃってくれました。また別の方は、「糸と針なんてもったことないのに、こんなことができて、このぞうはうちの「宝」にします」と。手先が器用で一番最初に作り上げた人は、「このぞうは、茨城県にいる孫にあげるわ」と涙ながらに話してくれました。5才くらいの女の子は、今日はお母さんはお腹が痛くて休んでいるのと話してくれて、どうしたのと聞くと「うんちがでないの」と。避難所の偏った食事や女性特有のトイレを我慢する行為で便秘になってしまったのでしょう。

子どもたちも大人と同じくらいに家族や周囲に気をつかい、あんな小さな体で、この大きな災害を抱えています。子どもや障害者、高齢者など声を出せない、声なき声に耳を傾け、呟きを広い集めて行きます。他の被災者の方は、お風呂もなかなか行けないし、美容院にもいけないから、帽子が欲しいと訴える女性。プライバシーがなく、ストレスを感じている人など、高齢の方は、避難所では椅子がなく、膝が痛くなってきたり、緊急時の支援から、生活に関わるニーズに変化しつつあります。

岩手県上閉伊郡大槌町小鎚

宮崎から東北へ、支援の輪を~「野菜サポーター」(吉椿雅道のレポート)

米沢市営体育館。約500人の人々が避難生活を送っている。米沢市民が全力を挙げて、避難所を応援している。市の職労組合の方々のご尽力により、毎日3食が提供されている。各地から集まって来た食材を見事に調理するのは、学校給食のお母さんたちである。集まって来た食材を見て、数日先の献立まで考えてある。避難されている方も「毎日美味しい食事を提供していただいて、ありがたいです。」と口々に言う。

そんな最中、熊本県水俣のTさんが、野菜などの救援物資を積んで、米沢に来てくれた。鹿児島のホウレンソウ、水俣の甘夏、そして新燃岳噴火の被災地、宮崎の大根の数々である。「野菜サポーター」である全国の人々の東北、宮崎への思い、宮崎から東北への思いがこの米沢に届いた。さっそく職労の方々とお話し、新燃岳被災地の大根を大根煮にしてもらい、夕食に出してもらう事になった。

22日夕刻、体育館の中で皆さんが配膳に並んでいる時に、新燃岳噴火の被災地の写真や大根を提供してくださった農家さんのメッセージなどを展示し、新燃岳被災地の状況を少しお話させていただいた。展示をじっと見つめていた女性は、「新燃岳の時、自分は何もしてあげられなかったのに、こんなに良くしてもらってごめんなさいね。」と涙を流していた。アナウンスが終わると体育館中から拍手が沸き起こり、「ありがとう~」と遠くから叫んでくれるお母さんがいたり、「この大根は本当に軟らかくておいしいわ。」というおばあちゃんも声をかけてくれた。

その後、廊下に新燃岳の噴火被災地の写真、メッセージを展示し、ここ米沢に避難している人々から宮崎へのメッセージボードも設置した。壁に張られたそのボードには、沢山のメッセージが寄せられ、今は、書くスペースさえもなくなった。

翌日、いっぱいになったメッセージボードも見つめているおばあちゃんがいた。声をかけると「私も書いたよ。でも、恥ずかしいからどこに書いたか教えない。」と笑って答えてくれた。

山形県米沢市